タスク同士のルールが大きく違うほど、切り替えにかかるコストは跳ね上がります。切り替えの前後60秒から120秒の間に「橋渡し行為」を挟んで文脈をつなぎ直すと、損失を小さく抑えることができます。
この記事を読むとわかること
記事を読み終えるころには、一日の中で発生する切り替えが「許容できる切り替え」か「避けるべき切り替え」かを、自分で判断できるようになります。判断の基準は三つです。判断の物差しの違い(ルール差)、扱う情報の形の違い(表象差)、利害や関係者の違い(利害差)です。
また、どうしても避けられない切り替えが起きる前後に橋渡し行為を入れることで、再開にかかる時間を最小限にする具体的な手順も身につきます。これはフロータイムテクニックの黄色と赤色の判断にもつながる考え方です。
タスクスイッチコストの中身を分解する

まず土台をそろえます。ここで言う「作業の切り替え」とは、あるタスクから別のタスクへ注意と手を移すことです(タスク・スイッチング)。切り替え時に増える負荷は、次の三つの観点で大きくなります。
タスク性質の違い(ルール差)
やるべきことの基準や「よし」とする水準がどれくらい違うかを指します。たとえば、コードレビューから仕様書の執筆に移ると、厳密性の置きどころや読み手の想定が変わります。基準が変わるほど、脳は前の基準を片付け、新しい基準を立ち上げる時間を要します。
情報の形の違い(表象差)
扱う情報の形式や見え方の違いです。図から表、文章からUI、抽象から具体など、情報の姿が変わるほど、頭の中の「作業机」を並べ替える必要が生じます。形式が遠いほど、並べ替えにかかる手間が増えます。
関係者の違い(利害差)
期限、優先度、関係者の重みがどれくらい違うかを指します。利害が重いタスクから軽いタスクへ移ると、前の心配ごとが頭に残りやすく、次の作業が「借り物の注意」で始まりがちです。逆方向でも同じです。
三つのうち二つ以上が大きく違えば、切り替えコストは高くなります。逆に、三つが近ければ、並行しても損失は小さく抑えられます。ここまでが骨組みです。
どの切り替えなら許容できるか
許容できるタスクスイッチは、同じ基準で評価でき、似た姿の情報を扱い、利害の重みも近い場合です。たとえば、資料の校正とバグ再現の確認は、読解と注意の向け方が似ており、完了の基準も近いなら、組み合わせても崩れにくいと言えます。
避けるべき切り替えは、三つの軸すべてがズレる場合です。抽象的な企画検討の最中に、緊急の顧客対応へ突然移ると、基準も情報の形も利害も一度に変わります。このような切り替えは、タスク切り替え自体の時間より、その後のタスク再開で迷いが増えるぶんの損失が大きくなります。
タスクの切り替えをすばやく行うためのコンテキストスイッチング手順
ここからが実践です。タスクブリッジ(橋渡し)とは、タスクを切り替える直前に現在のタスク内容やタスクの目的を言葉で残し、切り替えたいタスクの目的や内容をメモで用意する短い時間で行うテクニックです。
このねらいは二つです。再開時の入口を作ること、そして新しい作業のための注意をすばやく立ち上げることです。時間は合計で60〜120秒を目安にします。長くやりすぎると、それ自体が新しいタスクになってしまうからです。
コンテキストスイッチングの基本手順(60〜120秒)

-
今やっているタスクを三行くらいでメモする(20〜40秒)
いまやっているタスクを一言でまとめて、いま見えている仮説、次の一歩を各一行で書き残します。未解決事項があっても、一行で十分です。タスクを再開して頭が戻ったときの入口になります。 -
途中メモの置き場を一つに決める(10秒)
紙でもテキストでも構いません。メモの置き場を一つに固定すると、探す時間をなくせます。 -
新しいタスクの目的・制約・成果物を一文ずつ宣言する(20〜40秒)
次のタスクを何のためにやるか、外せない条件は何か、終わりをどう判断するかをメモします。注意の幅を適切に狭められます。

私はMacの純正スティッキーズメモを使って、ディスプレイにメモを配置しています。いわゆるタスク管理アプリに記録しておきたいタスクではなく、タスクスイッチのためのメモなので、タスクにはカウントしていません。
文章執筆の事例

長い文章の構成づくりから、品質チェックへ移る状況を考えます。タスクを切り替える直前に「章ごとの主張」「未検証の前提」「次に書く段落」を一行ずつ残します。直後に「何を確認するか」「合格の基準」「終えたと見なす条件」を一文ずつ宣言します。これで、素早くタスクを乗り換えられるようになります。
よくある質問と答え
Q.「すぐ返せる」短い返信なら、タスクに割り込みが入っても平気ですか?
A. 返信自体が三分で完了できるとしても、タスクの切り替えと作業へ戻るコストの合計はそれ以上になりがちです。スイッチ直前のメモと、スイッチ直後の宣言を見返してみましょう。タスク切り替えに伴う合計コストで判断しましょう。
Q. 五分程度の割り込みは許容できますか?
A. タスク性質・情報の形・利害のうち二つ以上が大きく違えば、五分でも避ける価値があります。三つが近いなら、橋渡しで吸収できる可能性が高まります。長さではなく内容で判断します。
Q. タスクを切り替えるなら、どのタイミングがよいですか。
A. 自然な節目が最良です。小さな目標を終えた瞬間は、手掛かりが鮮明です。途中で止めるときは、節目のメモを作ってからタスクを移ります。意識的に節目を作ってから切り替えることが肝心です。
Q. タスクの橋渡し行為は創造性を損ないませんか。
A. むしろ創造性を守ることに繋がります。脳のリソースは有限で、闇雲なタスク切り替えを行うことで自分が意識していないリソースを消費しています。うまくタスクを切り替えるメモを残すことで、よりよい品質でタスクを完了させられます。
Q. チームではどう運用しますか。
A. 個人だけでは限界があります。「いまはタスクに集中しています」のように、現在のステータスを周囲へ知らせる習慣を共有します。Slackなどではステータスを共有する機能があるので有効活用したいところです。
タスクスイッチと共存するために
タスクスイッチのコストは構造的な現象です。
三つの軸で判断して、性質の異なる並行作業は避けるようにします。
避けられない切り替えにはコンテキストスイッチングテクニックを取り入れて、タスク切り替え前に文脈をいったんメモ、切り替え後に頭をリフレッシュさせられるので、マルチタスキングが当たり前になってきた現代では必須のテクニックだと感じています。
フロータイムテクニックの手順に組み込めば、タスクやりっぱなしで完了していない仕事にも使えるようになります。
参考情報
- Monsell, S. (2003). Task switching. Trends in Cognitive Sciences.
- Rubinstein, J. S., Meyer, D. E., & Evans, J. E. (2001). Executive Control of Cognitive Processes in Task Switching. Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance.
- Mark, G., Gudith, D., & Klocke, U. (2008). The cost of interrupted work: More speed and stress. CHI 2008.
- Mark, G., Gonzalez, V., & Harris, J. (2005). No Task Left Behind? Examining the Nature of Fragmented Work. CHI 2005.
- Iqbal, S. T., & Horvitz, E. (2007). Disruption and Recovery of Computing Tasks: Field Study, Analysis, and Directions. CHI 2007.
- Altmann, E. M., & Trafton, J. G. (2002). Memory for goals: an activation-based model. Cognitive Science.
- Altmann, E. M., & Trafton, J. G. (2004). Task interruption: Resumption lag and the role of cues.
- Leroy, S. (2009). Why is it so hard to do my work? The challenge of attention residue when switching between work tasks. Organizational Behavior and Human Decision Processes.
- Arrington, C. M., Altmann, E. M., & Carr, T. H. (2003). Similarity effects in task switching.
- Jeuris, S., Bardram, J. E., Houben, S., & Luyten, K. (2016). Dedicated workspaces: Faster resumption times and reduced cognitive load with virtual desktops. Computers in Human Behavior.